神明社(名古屋市中川区荒子町)にお参りしました。現地掲示によると、荒子地区の氏神様とのことです。
- 御祭神:天照皇大神、武甕槌命
- 社格など:十二等級、旧村社
荒子観音寺で御朱印を頂いた際、神明社が隣接していることに気づいたのが、お参りのキッカケ。神仏分離の前はお寺の守護神だったそうですよ。
鳥居をくぐった所の石灯篭。手水舎は見当たりませんでした
この記事には、神明社の境内の様子と由緒を簡単にまとめておきますね。1,2分でサクッと読んでいただけるかと!
神明社(名古屋荒子)の境内風景【フォトギャラリー】
社殿全景です。舞殿形式の拝殿(写真手前)に、本殿を守る茅葺き屋根の建物(奥)。あいだに幣殿がありました。
なお、愛知縣神社名鑑(愛知県神社庁,1992)には、天保2年(1831年)に社殿改修との記載が。以下に神明社の由緒をまとめておきます
拝殿脇の石灯篭
- 創建は明らかでない
- 文化9年(1812年)11月9日:荒子観音寺の守護神として鎮祭
- 天保2年(1831年):社殿改修
- 明治の制度改革により分離
- 明治5年:村社に列格
※愛知縣神社名鑑をもとに作成
拝殿でお参り。神紋(社紋)は桐紋のようです。荒子観音の鬼瓦に五七桐があったので、その流れかな。
狛犬にもご挨拶して奥の境内社へと向かいます。子取り(写真左)と玉取り(右)です。
荒子観音寺の駐車場を横切るように進むと、お寺の本堂裏に上の鳥居が。
鳥居奥の祠に、弁財天・日吉大社・白山妙理大権現の3社が鎮座しておりました。役行者像もありましたよ。
さて突然ですが、尾張の地誌「寛文村々覚書」には、以下の記載があるんです。
※太字の富士権現壱社は、神明社から徒歩4分の冨士天満社(前田利家誕生地&荒子城跡)を指すと思われます一 富士権現壱社 社内弐畝歩 前々除 観音寺持分
一 観音堂壱宇 地内壱町 三反七畝歩 前々除
右地内に
社七ヶ所内 山王 白山権現 弁才天 神明 鹿嶋大明神 天王 風宮
寺壱軒 天台宗 野田密蔵院末寺観音別当 浄海山観音寺出典:名古屋叢書 続編 第1巻(名古屋市教育委員会編,1964)
赤字で示した部分は、ざっくりと「荒子観音寺内には、7つの神社があるよ」という意味のはず(神仏分離の前のお話)。
ココまでで、神明(本殿)・山王(日吉大社)・弁才天(弁財天)・白山権現の4社は登場済み。残り3社はどこかというと…
本殿を守る、茅葺き屋根の建物へと戻ってきました。実はこの中に社殿が4つあったんです(南向き3つに東向き1つ。本殿を含む)。
神社名を表す木札は見つけられませんでしたが、鹿嶋大明神・天王・風宮の3社は、今もココで祀られていると考えてよろしいかと。スッキリした!
最後の写真は神明社社務所。荒子集会所を兼ねています。
現地の掲示から察するに、神明社は荒子連合町内会の方達によって守られているようです。尊いなぁ。
神明社(名古屋荒子)のアクセス・駐車場など
僕がお参りしている15分ほどの間に、ご年配の方が2,3人、境内をゆったりとした足取りで横切っていきました。
神社が地域に溶け込んでいるのが伝わってきて、何だか嬉しかったですね。近くに来たらまたお参りしよう
お隣・荒子観音寺で授かった御朱印が上の写真。お寺の方が笑顔で接してくださり、こちらもステキな参拝となりました。
お参りしたときの様子は以下の記事にまとめてあります。
荒子観音(浄海山円龍院観音寺・名古屋市中川区)で御朱印を頂いたので、頂き方(場所等)や境内の様子と共に記事にまとめました。尾張四観音の1つです。
御朱印とは何か?初心者の方に向けて、もらい方の流れを含め、分かりやすくまとめています。
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